これってどう読む?化学用語の読み方アンケート

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Abstract

専門用語の読み方は文献で明示されない場面も多いため、他の人と話している時に「あれ、これこうやって読むのか…」と内心ドギマギすることがあります(僕はありました)。本記事では、読み方が微妙な用語をTwitterの投票機能を用いてアンケートをとり、その結果について簡単に紹介しています。

1. Introduction

専門用語の読み方って難しいですよね。化学系の方だと、学部生の時にWittig反応を「ウィッティング反応」とか、Grignard反応を「グリグナード反応」とか呼んで恥ずかしい思いをした人も多いと思います。人名以外にも、光化学を「ひかりかがく」と読むか「こうかがく」と読むかなど、微妙なところがたくさんあります。色んな国の研究者が今の化学を作り上げてそれを日本語にしているので仕方ないことですが、みんな違う読み方をしていると収拾がつかないのである程度まとまった読み方に統一されていることも少なくありません。本記事では、気になる単語をChemistry Wednesdayのツイッターアカウントで投票した結果をまとめ、多分こう読んだら恥ずかしくないんじゃないかな〜ぐらいの知見を示したいと思います。とはいえ皆さんそれぞれの考え方があるので、「正しい読み方」を示すものではないことをご留意ください。

2. Materials and Methods

Chemistry Wednesdayのツイッターアカウント @Chem_Wednesdayで、投票機能を用いて読み方のアンケートを取りました。フォロワーには非化学系の方もいらっしゃいますが、多くは化学系の大学生、大学院生、大学教員など化学を専門とする方だと思いますので、投票された方も化学系の方が多いんじゃないかなと思います。読みの候補は僕がそれっぽいものを適当に選んで入れています。

3. Results and Discussion

3.1 風袋引き

「風袋引き」は、たとえば粉の重さを測るときに入れ物(たとえばバイアル瓶)の重さを測っておいて、それに粉を入れて測って引き算して粉の重さを測ることをいいます。なかなか日常的に使わないので読み方も一般的ではなく、正式には「ふうたい」引きと読む(ref: アズワンのサイト)ようですが、どうにも伝わらないことがあるのでアンケートを取りました。

結果として62票が集まり、その中でも「ふうたい」が一般的な読み(82.3%)だということがわかりました。次点で「知らない単語だった」なので、伝わらない時は知らない単語だったのかもしれません。

3.2 光化学

光化学が何を指す単語なのは見ればわかると思いますが、読み方は意外と割れるところではあります。普通に読むと「ひかりかがく」ですが、光化学スモッグは「こうかがく」と読みます。また、光化学協会も「こうかがく」と読むようで、光化学協会の事務局のメールアドレスはkoukagaku@~になっています(ref: 光化学協会ウェブサイト)。ただ、「こうかがく」だと漢字が浮かびづらく(工化学とか効果学とかが浮かんでしまう)、「ひかりかがく」と読む方もかなり多いですので、実際どうなのかなと思ってアンケートを取りました。4つ選択肢がありますが下の二つはほぼネタで上二つが本命です。

結果として103票集まり、「ひかりかがく」が81.6%と8割以上の方が「ひかりかがく」読みだということがわかりました。やっぱり聞いた時にわかりやすいですので、自然な結果かなと思います。個人的には分野のphotochemistryは「ひかりかがく」と読みつつ、光化学協会や光科学討論会などの固有名詞は「こうかがく」読みでいこうかなと思っています。

3.3 in situ

in situはラテン語で「本来の場所で」みたいな意味の言葉で、現象が起きているその場で測定することをin situ測定と呼んだりします(ref: Wikipedia, Weblio辞書)。反応とかだと反応活性種をフラスコの中で生成するのを「in situで〇〇を出して××と反応させて〜」みたいな言い方をしたりしますね。発音はWeblio辞書では/ɪnsάɪt(j)uː/、日本語だと「インサイチュー」みたいな読み方ですが、「インシチュ」読みしている方も結構いるのでどうなのかな〜と思ってアンケートを取りました。

結果として234票集まり、驚くべきことに「インサイチュ」(51.3%)と「インシチュ」(48.7%)がほとんど同数ということになりました。もはや好みで決めても国内では問題なさそうですが、僕は「インサイチュ」でいこうと思います。

3.4 Angewandte Chemie

Angewandte Chemieはドイツ化学会の学術誌で、化学系の学術誌としてはトップ層の雑誌です。普段この雑誌を呼称する時は「アンゲ」と略して呼ぶことが多いので問題にならないんですが、全部読もうとするとドイツ語なので色々と問題があります。ドイツ語読みだと/aŋɡəˌvantə çeˈmiː/らしく(ref: Wikipedia)、多分「アンゲヴァンテ ヒェミー」が一番近そうですが、実際には微妙に英語読みが混ざってよくわからない感じになっています。これは何が正しいというよりは皆さんがどう呼んでいるのか気になったのでアンケートを取りました。

結果として、「アンゲバンテ ケミー」(62.4%)が一番メジャーになりました。上二つの選択肢はAngewandteのwを「ワ」と読む英語読みですが、これは足して21%でマイナーそうです。一方で、ChemieのChを「ケ」と読む英語読みはメジャーで、ドイツ語読みの「ヘミー」は少なかったです。「ヘミー」だと意味が取りづらいので、多少統一感がなくても「ケミー」の方が通じやすいのかもしれませんね。

3.5 Huisgen

Rolf Huisgenはドイツの化学者で、特にアジドとアルキンの1,3-双極子環化付加反応であるHuisgen環化付加反応などで有名です(ref: Wikipedia, Chem-Station)。この反応は2022年のノーベル化学賞の対象であるクリックケミストリーの中核をなすCuAAC反応の元となる反応ですので、ノーベル化学賞の解説などで触れられることが多いと思います。Huisgenの読みはドイツ語で/’huːzgɛn/で、「フーズゲン」が近そうですが、周りの化学系の人は「ヒュスゲン」が多いのでそれで定着しているのかなと思っています。ただ、媒体によって読みが「ヒュスゲン」(Chem-Station)と「フーズゲン」(Wikipedia)に分かれているので、念の為アンケートを取ってみました。

ノリで入れた「ヒュースジェン」派(7.6%)が結構いて驚きましたが、大方「ヒュスゲン」(89.9%)と呼んでいるようです。とりあえずWikipediaにあった「フーズゲン」(2.5%)はマイナー読みでした。Wikipediaの履歴をチラ見すると英語版を和訳した方が「フーズゲン」表記としてそのままになっているようで、それを参照した方が使っているのかなと思います。

3.6 ジクロロメタン

ジクロロメタン(CH2Cl2)は、有機化学でよく用いられる有機溶剤です。ハロゲン系溶媒ですので毒性はありますが、低い沸点やπ系との高い親和性からよく選択されるラボも多いかと思います。研究室の日常会話ではこういう溶媒の名前を略して呼ぶことが多く、クロロホルムをクロホ、酢酸エチルをサクエチなどと略すんですが、ジクロロメタンはこの略称が人によって随分違うことが知られています。実際、早大山口研のブログによると少なくとも5種類の呼び方があるそうです。僕は敬虔な「塩メチ」(塩化メチレンの略)派なので自分の呼び方が変わることはありませんが、どういう感じの分布になっているのか気になったのでアンケートを取りました。

今回はなんと367票もの投票が入りました!ありがとうございます。結果として、「ジクロロ」派が42.2%で最有力、次点が「塩メチ」派で33.8%という形になりました。なんということだ……「塩メチ」派の著者としては「ジクロロエタン(2種類ある、1,2-をよく使う)とかジクロロベンゼン(3種類ある、o-をよく使う)とかと区別できないじゃないか!!!」という気持ちでいっぱいですが、僕は普段ジエチルエーテルのことを「エーテル」と呼んでいるのであまり説得力がない気もしてきました。「メチクロ」派や「ジクロメ」派はそこまでいないんじゃないかと思っていましたが、それぞれ12.5%と11.4%で意外といることがわかりました。やはりいろんな呼び方をする人がいるんですね。Twitterの仕様上選択肢を4つに絞りましたが、リプライで「DCM(ディーシーエム)」派や「塩カメ」派がいることも明らかとなっています。略称ですので特に結論というものはないですが、僕としてはぜひ「塩メチ」と呼んで欲しいな……と思っています。理由は特にないです。

3.7 Lambert-Beerの法則

Lambert-Beerの法則は、試料の吸光度が濃度と光路長に比例するよという感じの法則です。2023年初頭の共通テスト、化学の第5問・問3がLambert-Beerの法則に関する問題だったので一部で話題になりました。分光分析ではかなり基本的な内容なので、例えば研究でUV-Visを使っている人はもれなく知っていると思います。ただ、読み方については曖昧で、「ランベルト・ベール」や「ランバート・ベール」、「ランバート・ベア」(マイナーだが粉体工学用語辞典に記載有)など、様々な読み方があります。結構人にもよる気がするので、アンケートを取って分布をみてみました。

結果的に、「ランベルト・ベール」派(74.7%)が最も多く、次いで「ランバート・ベール」派(21.1%)がいることが分かりました。ネットサーフィンした感覚的にも「ランベルト・ベール」がメジャーだったので、特に矛盾ない結果だと思います。LambertとBeerはドイツの化学者らしいので、そういう意味でも妥当かもしれません。

ちなみに、英語の場合は”Beer–Lambert law”の語順がメジャーのようで、ここらへんは日本ポーラログラフ学会の会誌Review of Polarographyのエッセイ「ベール・ランベルト(Beer-Lambert)の法則?!」(Rev. Polarogr. 2022, 68, 101–103.)に詳しく書いてあります(ちなみにここには「ランベルト・ベア」というアンケート候補になかった読み方も書いてあります)。ややこしいですね…

4. Conclusion

Twitterの投票機能を使って、化学系の専門用語の読みのアンケートを取得しました。Huisgenをはじめとする人名はカタカナ書きされることも多いですので、書き手が相互に参照した結果、特定の読みに収束しやすいのかなと思います。一方で、特にin situのような英語由来でない専門用語は読み仮名が表記されづらいので、ブレが出やすそうです。今後も気になる読みがあったらこの記事に追加していくつもりですので、誰かの参考になれば幸いです。

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